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 【2005年12月県議会】自民党提出「真の男女共同参画社会の実現を求める意見書案」への反対討論 小松 実議員(05/12/16)

 小松実でございます。日本共産党を代表して、自民党提出の発議案第23号「真の男女共同参画社会の実現を求める意見書案」について、反対の討論を行ないます。自民党の発議案は、表題とはまったく裏腹に、真の男女共同参画社会、真の男女平等社会の実現を阻もうとする、有害きわまりないものと言わなければなりません。
 発議案は、千葉県の「ジェンダーフリー教育推進」の通知をあげつらって、「今後は、その用語を使用しない」との新たな通知がおこなわれたことを百も承知で、「偏向思想は目に余るものがある」と一方的に断じ、国の男女共同参画の取り組みでは、一部の特定思想に偏るな、基本計画の改定にあたっては、教育現場に配慮しろ、基本法についても、偏向思想を排除したものに改正しろ、というもので、つまり、基本計画や基本法に偏向思想があるという立場に立つものであります。
 しかし、おかしいではありませんか。基本法は、平成11年、他でもない自民党の政府が提案し、衆参両院で、全会一致で成立したものであります。それが問題だというなら、法案提出にあたっても、その審議においても、自民党は、何一つまともな検討をしなかったということになるではありませんか。政党として、きわめて無責任・不見識のそしりをまぬかれません。
 そもそも基本法は、一つ、男女の人権の尊重、二つに、社会における制度または慣行についての配慮、三つ、政策等の立案および決定への共同参画、四つ、家庭生活における活動と他の活動の両立、五つ、国際的協調、という五つの基本理念を定め、これを柱にしています。いったいこのどこが、偏向思想だというのか。
 自民党の一部の皆さんが、執拗に攻撃する「ジェンダー」という用語についても、国や千葉県当局から、再三にわたって説明がされてきました。人間には、生まれついての生物学的な性別、いわゆるセックスと、それとは別に、「社会的・文化的に形成された性別」があり、それを「ジェンダー」というのだというのは、もはや常識であります。今年、6月30日付の内閣府、男女共同参画局からの各県宛の文書でも、それを丁寧に説明したあとで、ジェンダーの具体例として「男性は仕事、女性は家庭」「男性は一家の大黒柱として家族を養う」「女性は控えめで、従順であるべき」などの、性別による固定的な役割分担や差別、偏見が、見直すべきものとして列挙されています。そして、この「ジェンダー」に敏感になることが、職業上の差別や配偶者による暴力など、性別による制約・差別・思い込みを改めようとする動きにつながるのだと、その重要性を訴えています。国際社会でも、主要な国際機関や各国で、「ジェンダー」概念は、一般的に使用されており、日本の政府も、「国連ミレニアム宣言」など、「ジェンダー」という用語が使用された国際文書を一貫して支持してきたではありませんか。
 その「ジェンダー」に敏感な視点をもち、その縛りから自由になろう「フリー」になろうという「ジェンダーフリー」のいったいどこが偏向思想だというのでしょうか。
 発議案では、自民党のアンケートで、教育現場における混乱が数多く報告されたとしています。しかし、一般新聞の報道によれば、インターネットをつかった、その調査自体が、きわめて誘導的なものでした。「着替えは、男女同室か」という設問のあとに、「高校でも着替えを同室でしている学校があります」という注釈がつく。「林間学校などで男女同室か」という設問には、仙台市の例が挙げられていました。しかし、同室で着替えをしているとされた九州のある高校の教頭先生は「完全なデマ」と、不快感を示したと言います。仙台市の教育委員会では、「小学校5年の野外活動で2年前まで、男女一緒の班ごとにカーテンつきの二段ベッドの部屋を使ったが、古い慣例が続いていただけで、性教育とかジェンダーフリーなどとは無関係」と、当惑していたとのことです。
 こんな杜撰で、誘導的、恣意的な調査を真に受けるわけには参りません。事実、アンケートには、千葉県の学校の事例も挙げられていますが、教育委員会には、それらの報告・声は、いっさい届いていないとのことであります。
 事実に基づかないことをとりあげ、あるいは事実を捻じ曲げてまで、そうまでして「ジェンダーフリー」を、恐れ、攻撃する、その意図はどこにあるのか。
 今年5月、自民党本部で開かれたシンポジウムで、あるパネリストは「彼ら(ジェンダーフリー推進派)は、家族解体を狙っている。歴史と伝統の破壊で、皇室への敬愛、愛国心もない」と、述べました。「ジェンダーフリー」攻撃の先頭に立つ山谷えり子参議院議員のホームページや日本会議首都圏地方議員懇談会のホームページに登場する元郵政省幹部という人物は「人類は、生物学的な男女の差異に基づき、相互に補完し、強調する文化を歴史的に形成してきた。伝統的家族の形態は、その典型である。男は外で働き、女は家事・育児を行う共存関係。ジェンダー平等は、この文化を正面から否定する」「武士道(略)神話以来の文化的伝統を破壊」すると、述べています。
 「歴史と伝統」「皇室への敬愛」「愛国心」「武士道」「神話」こうした言葉の氾濫と強制のなかで、かつて日本は、あの悲惨な戦争への道をひた走りましたが、「ジェンダーフリー」攻撃の背景に、私はこうした、歴史を後戻りさせようという、だからこそ、真の男女平等の実現、性による差別もどんな差別もなく、一人ひとりが人間として本当に大事にされる真の民主主義社会への前進を何よりも恐れる、時代錯誤の危険な思想を見ないわけには参りません。
 私は、そのような思想が、そしてそれを背景にしたこのような意見書が、男女共同参画の考えやその世界的な流れと相容れないし、到底、国民にも、国際社会にも、歴史にも受け入れられないだろうことを厳しく指摘して、採択に強く反対するものです。
 以上で討論を終わります。